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こころの法話集047

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お話047

如来の招きは気楽に

福井市田原二丁目・法円寺住職 細江乗爾

およばれの楽しさ

「パーティー」という言葉があります。日本では「パーティー」と言うと、何か若い人たちが集まって、お酒を飲むとか、あるいはダンスパーティーと受けとることが多いですが、欧米では、「パーティー」とは家庭へお友達を呼んで楽しく過ごすことだそうです。西洋と東洋との生活様式や人間関係の持ち方の違いがあるのは当然のことでございます。
日本には、昔から「よばれる」ということがあります。「来月ご法事によばれているから」とか、「おじいちゃんの八十八の祝いによばれてね」など言います。人を招いてごちそうすることを、多くの地方で「人をよぶ」と言われているようです。
人さまをお客としてよぶからには、引き受け側としてみれば、並大抵の心遣いではありません。ひょっとして、失礼なことがあっては申し訳ない。満足して喜んでもらえるようにと、お部屋の掃除からごちそうのことまで、こまごまとしたことにあれやこれやと気遣いが多いことです。ご主人の方より、奥さんのほうが気疲れされるかもしれません。

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ところが、それほど心遣いをして、人よびをいたしましても、来られるお客さまもまちまちで、果たして、みんな満足してもらうということはなかなか難しいものです。
また一方、よばれて行く方も気を使うことがあります。何を手土産に持って行こうかとか、ご婦人ならば、何を着て行こうかとか、楽しいばかりでなく、よばれることに対して、おこたえして行く気持ちが、また気遣いの種ともいえましょう。
私たちは、人によばれることには、楽しみながら、あれこれ気を使いますのに、さて如来さまからの「および声」には耳を貸さない人がなんと多いことでしょうか。なんの気遣いも土産物もいらない、手ぶらでいいのに。

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